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蓮華院金剛寺
座主 木原秀成
 
 
一喝説法
 
 宇宙観・人生観のあやまり
2011.12
 
 密教的宇宙観人生観
 
私達が心の眼を開いて、素直に世の中を見る時、ものみなは、単なる物でもなければ心だけでもない。

いつも物と心が溶け合っている。それであればこそ、一つの具体的なものとして存在し得るといえる。

例えば茶わん一つにしても、陶土とか薬とかの物質的な材料と、人の心の中にえがかれた、図案や労力などの、心的な力とが合一して、始めて一つの茶わんとしてでき上がるのです。

それ一つですら物のいのちと心のいのちとが合体されているのです。

そのように大自然の中のあらゆる現象も、また人為的に造り成された品物ですらも、およそこの世に、具体的な姿をもって在るものは、悉く物心不二(ぶっしんふに)―心と物が区別できず溶け合っている―の生命的なものの顕現なのです。

しかも、それらの悉くは、その一つ一つが何か大いなるいのち、根源的な力、いわば絶対無限永遠なる、宇宙的大霊的エネルギーを土台としてその上に立っている。そのエネルギーが生きつづけて行くその働きの尖端の姿といえるのです。

そして、それぞれは何れも同一水の上の、波の如きもので、底は共通しているから、したがってどの一つも他との限りない関連によって、生じているものであることが、うなずかれるのです。

早い話が一滴の水、一粒の米にしても、天地のめぐみがこもり、万人の力が加っている。

その水を飲み、その米を食べて、今日を生きているのであるから、我がこの一瞬のいのちも、すべてが集って、それに支えられているといえる。これらの関係を離れて、全く在り得ないわけです。

したがって、一辺に偏り、他の立場を無視するばかりでなく、それを殊更に排撃したりすることは、大調和の摂理に背くことになり、やがては自滅への道となるのです。

お互いが心を空しく打開き、謙虚にたち帰って、他のものから自分に適切なものを摂取し、限りなく向上しつつ、全体のためにそれを捧げ合って行くところに、各々の生きる道があり、それがそのまま大調和に参画することとなるのです。(つづく)

 


 
   
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