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蓮華院金剛寺
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一喝説法
 
修行と巧徳の違い
2013.11
 
 運命創造学の二つの目的
 
運命創造学の二つの目的とは

一、悪因縁の浄化

私たちの運命は、御先祖様が代々積み重ねてきた縦の運命果と、あなた自身が前世から今日まで積み重ねてきた横の運命果に大きく左右されます。

そして、運命を好転させるためには、過去のマイナス(借金)を返済(浄化)しなければなりません。そのための実践行が滅罪生善行であります。

一、能力開発

自分の中に秘められている潜在能力を発揮して、神仏の境地まで高め人間を完成させることです。世間でいうところの、「やればできる」的なものではなく、人間としての理想像に向かって、「あの人は仏(神)さん」と言われるような人になるということです。

この二つのことを学ぶのが運命創造学です。

そして、その学びの実践は、大きく二つに分かれます。

一、功徳の実践

この実践は、御先祖と自分が作った悪い先祖果(借金)を浄化し、自分はもとより、世の為・人の為になる善い運命果(貯金)を増すことです。

一、修行の実践

この実践は、自分を磨き高め、心を育てる≠アとです。つまり、人間的成長をするということです。

どちらも、大切な実践でありますが、法友の中にはこの区別がわかっていない人が見受けられます。

また、功徳を修行までに高めていない為に、せっかく運命創造学を学んでいながら、運命が好転せず、堂々巡りを繰り返している方もいます。

運命を好転させる為には、功徳を修行の位置までに高める必要があります。

では、どうすれば功徳を修行の位置までに、高めることができるのか述べましょう。
 
 功徳を修行の位置まで高めるにはどうすれば良いのか
 
一言で述べるなら、継続する≠ニいうことであります。したり、しなかったり、ということは「功徳」になっても、「修行」にはなりません。次にその違いを挙げてみましょう。
 
 功徳とは
 
一、御先祖供養をはじめ、各種の供養を自分の都合で、できる時だけする。
一、三つの歩み(慈悲行・布施行・喜捨行)も、自分の都合で、したりしなかったりする。
一、各種の修行・勉強会も、出席したり欠席したり、自分の都合でする。  
以上のように、「自分の都合でする」ということです。しないよりはした方がよいのですが、これでは「功徳」になっても「修行」にはならないのです。
 
 修行とは
 
一、御先祖供養をはじめ、各種の供養を毎月継続してする。
一、三つの歩み(慈悲行・布施行・喜捨行)をし続ける。また、生活行もし続ける。
一、各種の修行・勉強会に継続して出席する


以上のように、法の実践を「継続する」ということです。この「継続する」ということが「修行」なのです。
 
 功徳は「徳積み」になり修行は「心を育てる」
 
功徳は、滅罪と生善の実践ですが、修行は更に「心を育て」人間的成長を促すことになるのです。

私たちは、世間という現在に生きています。そして、人と人との間をどう埋めるかが、幸・不幸を大きく左右します。

ここに、「人間的成長」が必要になってくるのです。そして、それは修行によって可能になるのです。

なぜ「継続する」ことが修行なのでしょうか。それを述べましょう。

一、忍耐・辛抱しなければならない時もあり、時としては、他人から批判・反発される時もある。
一、個人的に大切な行事やスケジュールをやりくりしなければならない時もある。
一、気分が乗らない時でも、参加・出席しなければならない時もある。


続けることは難しく、いろいろなことを克服しなければならないから修行になるのです。人は、苦労・忍耐・辛抱・等々、「逆境の中で磨かれて成長」するものです。

そして、「継続する」ことは、更に人を強くし成長させてくれます。

教えに踏み込んで、法を徹底して実践しなければ、悪い運命果は、したり、しなかったりの中途半端では、切れるものではありません。

「功徳を修行」に高めた時、「徳積みの生活」となり、必ず運命は好転していきます。

あなたも功徳を修行の位置まで高めてください。

合 掌


 
   
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