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蓮華院金剛寺
座主 木原秀成
 
 
一喝説法
 
頭中心の生活・心中心の生活・魂中心の生活
2015.03
 
 運命創造学を学ぶ目的とは
 
運命創造学を学ぶ目的は、

一、家系と自分に関わる悪因  縁の浄化

一、神仏的境地に到達するた  めの能力開発

の二つであります。

この二つの目的を成就するために法友は学んでいるのですが、次の三つの生活との関連の中で、どの生活が運命創造学の目的を成就するものにつながるのかを解き明かしましょう。
 
 頭中心の生活とは
 
頭中心の生活」は、「損得中心」の生活になりがちです。損得中心の生活とは、常に物事の現象を自分都合の損得の基準で判断してしまうということです。

正しいことであろうと、間違っていることであろうと、自分にとって得になることであれば受け入れたり、相手と同調したりしますが、自分にとって損になることであれば受け入れないのです。

このような性癖のある人は、平気で相手を裏切ったりします。ころころ心(頭)が変わりやすく、損得に振り回されて、正しいことが正しいと判断できていないのです。

確かに、私たちは、日々の生活の中で損得を考えなければなりません。しかし、それはどこまでも正しい座標軸に照らしてのことです。しかしながら、「頭中心の生活」の人は、それがなかなかできないのです。なぜなのでしょうか。

それは、「頭中心の生活」の人は、自分都合の自利中心の生き方の人だからなのです。だから正しいことか、間違っていることかではなく、自分にとって都合が良いか、悪いかで常に物事を判断するのです。

このような生き方をしていれば、いつまでたっても真理を掴むことができませんし、人から信用してもらえない人生になる心配があります。ご利益信仰の人に多く見受けられます。

 
心中心の生活とは
 
「心中心の生活」とは、「善悪中心の生活」になりがちです。善悪中心の生活とは、常に物事の現象を善悪の基準で判断してしまうということです。

世の中というものは、本来正しいものは正しい、間違っているものは間違いということが基準でなければならないのですが、時と場合によっては、それが通用しないことがあります。むしろ通用しないことの方が多いかもしれません。

しかし、それではいけないのであって、正しいものが通用するようでなければなりません。そのためには、時(T)場所(P)機会(O)を上手く使い分けることが大切です。

例え正しいことであっても、相手が感情的になっている時に、いくらそれを正しいことであると認めさせようとしても無理な場合があります。

ところが、善悪中心の生活の人は、それがなかなかできないのです。なぜなのでしょうか。

それは、「心中心の生活」の人は、一見、几帳面で融通がきかない生き方のようですが、突き詰めれば結局は自利中心の人なのです。だから、正しいことは正しい。間違っていることは間違っていると押し通してしまうのです。

決して間違った生き方ではないのですが、やはり、人間は人と人との間をどう埋めるかが、幸・不幸に大きな影響を与える場合が多いのですから、例え間違っていても、相手の人格を認めてあげることも大切です。

このような生き方をしていれば、世間でよく言われているように世渡り下手の人になってしまう心配があります。

 
魂中心の生活とは
 
「魂中心の生活」とは、「頭の生活中心と心の生活中心」を、方便として使い分け、すべてを「生かす」生活にするということです。

つまり、損得と善悪を上手く使い分け、起こっている現象が、どうしたら最良(正しい)の状態になるかを基準に生きていくということです。

例えば「不良少年」がいたとしましょう。

損得と善悪の基準で見れば、不良少年は勘当になるかもしれません。しかし、親はそう簡単に勘当できるものではありません。

何とか、この子が立ち直って欲しいと思うのが、親心です。この親心こそ魂の領域なのです。つまり、損得・善悪を超越した絶対無限愛(慈悲)なのです。

だからといって、損得・善悪を軽視するということではなく、むしろ、絶対無限愛(慈悲)によって、損得・善悪を気づかせていくことなのです。例え、自分が犠牲をこうむっても、相手を生かすそのことに生きるということです。

「言うは易し、行うは難し」でありますが、この魂中心の生活こそ、完全なる・円満なる・調和せしめる世界であり、敵をも見方にしてしまう世界なのであります。

この世界に生きている人は、他利中心の人であり、真理を掴める人でもあります。つまり、「魂中心の生活」の人こそ、自己を完成できる人なのです。

このような生き方をしている人は、自分のことはできるだけ後まわしにし、自分のまわりの人のことを常に配慮し、どうしたら良く(正しい)なるかと常に考え、そのための行動を起こし、まわりの人が良くなった後で楽しむ「先憂後楽」の人であります。

ですから、たとえ自分に損なことであっても、自分が悪い立場になるであろうと予測できる時でも、また、他人から馬鹿かと思われようとも、自分を犠牲にし、相手のために一生懸命になれる人なのです。

だからこそ、悪い運命果も浄化され、運命の場が良い方に変わっていくのです。また、自分のまわりで起こっていることがありのままに見え、損得・善悪の正しい判断ができるようになるのです。

思いやり・善意・無償の愛・誠意・感謝・奉仕・やさしさ・涙・感動・和解・団結・共生・励まし・勇気・情熱・指導…の人となり、自分のまわりはもとより、社会・国境を越え全人類の幸福と平和を創造できる人となれるのであります。

究極、自分の人生が思うようになる人であり、破滅の方向に向かいつつある人類を救う、釈迦・空海であり、その人こそ、あなたなのです。
 


 
   
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