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蓮華院金剛寺
座主 木原秀成
 
 
一喝説法
 
因果応報の作用
2015.11
 
 人の一生を決めるもの
 
人は生きている限り、誰でも幸福になりたいと思っているのではないでしょうか。

しかし、その一生は喜びや希望にあふれるだけではなく、明日を思い患い、今日を悔いて憎しみに身をやいたり、病気で苦しんだり、その不幸を嘆いたりします。

あまり不幸が続くと、なぜこんなに運が悪いのか、どうすればよいのか、と運について考えるでしょう。

「運」 このあなたの一生を決めるもの、それは、もちろんその人自身の環境や努力の度合いも大きな要因ですが、「因果応報の作用」と「先祖想念の作用」が非常に大きな比重をもっていることに、是非とも注目せねばならないのです。

 
 人生に偶然はない
 
人がこの世で生きていく上で起こる様々なことは、決して偶然に起きているのではありません。

現代は、巨大で複雑になっているので、色々なことが偶然に起こっているように思ってしまうかもしれませんが、そうではないのです。

もし本当に人の一生が偶然によって左右されるとするならば、真面目に努力したり、勉強したりすることは無駄なことになります。

又、生まれながらに不幸な人は、もし偶然にそのような状態に生まれたとするならば、なんといい加減な世の中だと恨むでしょう。

偶然が人生すべてを左右 することになると、この世の中は、混乱状態となり、犯罪、不満、暴力、恨みなどで満ちあふれ、人間社会の調和が失われ、社会が崩壊してしまうことになります。

確かに、最近は、犯罪や事件が毎日のように報じられ、世の中の調和が失われているかのように思えますが、間違ったことをすれば必ず罰せられるのです。

一部の道を踏み外した人はいても、多くの人々は正しい生活を心がけているから、社会の調和がまだ保たれているのです。

 
 全ては因果応報の作用
 
全てのことは因果応報の作用によって起こっています。

「因」とは「種」であり、「果」とは「実」です。この「因」を助けて成長させる役目をもっているのが「縁」です。

世の中のすべてのもので、この因果の法則に支配されていないものはありません。

わたしたちは、意(心)で思ったことを口に出し、身で示します。

これを三業と言っております。

わたしたちの運命は、この「身」「口」「意」によってすべてが決められており、この因によって幸せにもなれれば、不幸にもなる果を生み出すのです。

 
 霊魂の作用を知る
 
果は魂に記憶され残ります。霊(魂)については信じない人も多く、又、一般社会でも殆んど無視されています。

最近では心霊科学の分野が認められつつありますが、まだまだ信じない人が多い。

しかし、霊魂の存在を信じないのなら葬式も年忌法要もする必要はないはずなのに、現実はなされています。

霊魂の存在を無視しては、世の中の仕組みは分からなくなるのです。

人の行ったことは魂に記憶され、又、記憶されているからこそ昔のことなども思い出すことができます。

良い結果は良い思い出として、悪い結果は悪い思い出として、魂に記憶され必要な時に思い出したりするのです。

人の運命は因(前世の行いや宿業からの原因と今世の行いからの原因)と縁の現れであり、運命は因と縁との結びつきにより果(結果)として現れます。

わたしたちの生命はご先祖から引き継がれたもので、同時にご先祖の因縁も引き継いでいます。

ただ、それがわたしたちには見えないだけで、世間では遺伝とか血とかいっています。

前にも述べたように、わたしたちの経験したことは魂に記憶されます。

このことはご先祖にも同じことが言えるのです。

わたしたちの運命はご先祖の因縁とわたしたち自身の因縁によって決まります。

そして、わたしたちの周囲には似たような生まれ方、育ち方をしているのに、幸せになる人もいれば、不幸になっていく人もいます。

又、ある人は真面目に努力しているのにあまり成果があがらない。

ところが、そんなに努力している様子はないのに人から羨まれる位成功している人がいる、このようなことに気付いたことはないでしょうか。

一見不平等に見えるようですが、決して不平等ではないのです。

わたしたちの運命は、ご先祖の因縁と自分の因縁によって決まると前にも言いました。

どんなに本人が努力してもご先祖の因縁が悪ければ先祖の因縁を浄化しない限り運は開けません。

川上が濁っていれば川下も濁るようなものです。

特にご先祖が自分の犯した因縁によって苦しんだり死んでいる場合、その人の魂は苦しんでいますから必ず子孫の誰かに頼ってきます。

そしていろいろな悪現象を子孫に起こすのです。

ご先祖が子孫に悪いことを起こすはずはないと思われるかもしれませんが、良いことでは子孫が分かってくれませんので、悪いことを起こすことによって、成仏していないことに気が付いて欲しいということなのです。

 
 運命は転換できる
 
わたしたちの運命はすでに決まっているかのように思われるかもしれませんが、そうではないのです。

人間の一生は生まれた時から決まっていて、その人の努力ではどうにもならないというものではありません。

人は自分の因縁を変えることができるのです。

わたしたちは自我というものを持っています。

自我――これは本人の自由選択にまかされています。

ですから、本人の希望で悪いことも出来るし、良い事も出来る。

人は自我の使い方次第では運命を良くも悪くもでき、それが縁の力です。

わたしたちの運命を良い方向に変えようと思うなら、自我を正しく使って次の三つの実践をしてみることです。

一つは顕徳を積むことです。

顕徳とは感謝の生活のことです。

全てなにごとも感謝の心で受けとめておりますと、調和がとれて争いごとがなくなり円満になります。

二つは陰徳を積むことです

陰徳とは自分のよろこびが自分だけのものでなく他人や世の中のよろこびになるような奉仕の生活のことです。

私たちは生かされて生きていることを知り、他に奉仕をしてこそほんとうに救われるのです。

自分を捨てて一心に他に奉仕をしていると、人さまから拝まれるような人間になります。

そういう状態になると、なにごとも好転してきます。

三つは仏徳を積むことです。

仏徳とは信仰の生活をすることです。

常に心に宗教心を持ち、ご先祖供養を充分することです。

ご先祖は根であり、わたしたちは幹であり子孫は枝葉であります。

ですから、根に栄養を充分施せば幹も枝葉も必ず栄えます。

又、先祖を供養することによって、悪い因縁が浄化されご先祖の霊相が良くなり、霊格が向上してわたしたちの強い守護霊となりますから、今生きているわたしたちの現実が好転してまいります。

以上の縁を変える実践を続けていくならば、わたしたちの運命は自分の思う方向に進んでいくのです。

この三つの実践のすべての基本が三密修行であります。

身と口と意(心)を仏さまの境地までに高めていくと、不可能はなくなるのです。

わたしたち自身が運命のハンドルを握っているのです。

そして、正しい運命の操縦方法をお大師さまは残されているのです。

   合掌

 


 
   
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