蓮華院金剛寺座主 木原秀成八十八ヶ所といえば、弘法大師。八十八ヶ所は、若き大師が真理を求めて、苦行されたご遺跡であります。また、四国は死国であり、古代からの死霊のあつまる他界(あの世)といわれていました。
そこで死装束をつけたお遍路さん自身が死霊となって、先に他界に赴いたご先祖あるいは亡き親族知己の死霊とともに四国霊場(他界)巡拝の難行苦行をすることにより、おのが後生(あの世)の苦行を先取りし、後世安楽、極楽的往生を祈念してまわる念仏の修行です。
八十八ヶ所巡拝を満願したあかつきには、死霊の世界から再び現実世界によみがえるのです。いわば、四国遍路は大死一番して人生再起を計る蘇生(よみがえり)の旅です。
なによりも無心になって行じる瞬間瞬間の中に、不思議な奇跡が起こり病気はもちろん、悩みごとが四国巡拝で「私は、お大師様に救われました」という人は数えきれないほど多いのです。
四国遍路は、1200年の昔から多くの日本人の魂の中に、先祖から子孫へ、親から子へと受け継がれた霊性復活をなさしめる母なる大地であり、またご先祖供養にもっともふさわしい聖地です。

 
弘法大師空海様

平安時代の大宗教家。31歳で唐に留学し、密教の秘法を修得する。
帰国後43歳で、和歌山県高野山に真言密教を開宗する。
わが国初の庶民のための学校「綜芸種智院」を開校し、日本三筆の一人であり、文芸・絵画・彫刻等でも優れた作品を残している。
医学者・科学者でもあり、当時の日本人には珍しい世界観を持った大宗教家である。
又、四国八十八ヶ所霊場を開かれ、人々の苦しみを救われました。
約1200年経った今も"弘法大師さまは生きながら衆生をお救い下さる"という大師信仰が続いており、宗派を越えて"お大師さま"として親しまれ、年間100万人以上の人が毎年高野山に参拝している。

   

四国霊場参拝

平成3年から始まっているこの四国八十八ヶ所お遍路の旅は、定例行事として一年で一国ずつ参拝をしております。
木原秀成先生に先達頂くお四国遍路の修行は、まさにお大師さまと同行二人であり、ご先祖の供養と同時に、生きながらにして、自分の生き方あり方を一度死んだつもりになって八十八ヶ所を巡拝していく路々で、自分の今までを振り返ったり、無心になって念仏を唱える姿の中に、ふと今まで気がつかなかった新たなる自分を見いだすことができるのです。
大自然と一体になることによって、新たなる生命力を呼び起こしてくれ、魂が洗われるような感動となんともいえないやすらぎを感じます。
他の団体には味わうことができないよみがえりの旅です。
純粋な子供たちも、この四日間ただお寺を参拝するだけの繰り返しなのですが、情操教育の根幹にもつながっているこの旅で見事な成長ぶりを見せてくれ、毎年楽しみに待っています。

最初の内はそれぞれの先祖供養といろいろな想いをいだきながらするお参りも、1ヶ寺1ヶ寺と札所を打つうちに、ただ手を合わせ、気がつくと無心にお参りをさせていただくようになっていくのです。
そして突然ただ訳もなく涙が次々と流れ落ち、心に熱いものがこみあげてくる瞬間、「命が甦っていく」そんな体験もさせていただくのです。このような時は、師から「おかげをいただいたと思いなさい」と教えていただいております。

 

大人の目から見てとても不思議なことは、子供たちはお四国が大好きです。親が参加しなくても「一人でも行きたい」という声が何人もあがってしまうほど。 四国に来たからといって特別遊園地にでも行くわけではありません。ただただお寺に行き、そこで懺悔や般若心経・ご真言を唱えるだけのお参りが、どうしてそんなに楽しいのか? しかも初日は落ち着きがなくそわそわしている子供も、日がたつにつれて落ちついいてきて、きちんと整列し一生懸命耳で覚えたおつとめを口に唱えるのです。

   

四国霊場参拝よく成功者と言われる松下幸之助先生や稲盛和夫さん・樋口廣太郎さん等の本の中に、幼いころ手を合わせたことが自分の今の人生に大きく影響していると書かれていることがあります。
子供たちは、純粋な心の中に響くそんな尊い何かをこの四国で感じているのです。
木原秀成先生から教えていただいていることは、決して知識教育ではなく、大人にとってもこの成功者といわれる方々の中に流れる人間性を、自ら創造することができるために必要なことをすべて身に刻むことのできる「場」をいただいているのです。

   

そのような師に先達いただくお四国は、一見、お四国参拝=宗教と捉える方も多いかもしれませんが、参拝の意味も、世間で耳にする内容とは大きな違いがあります。
一般にはただ年をとって死を前にお四国を参拝する旅が多いように思えますが、木原秀成先生が教えてくださるお四国参拝は今を生きている人のためのものであり、これから未来を託す子供たちに何を残せるかという、尊いものであります。
21世紀を向かえ世の中が日増しに不安定になり二極化していくなかで、真剣に人としてどう生きていくか、これからの世の中をどうしていかなければならないかを考えさせられます。
「ただ拝んでいても何も変わらないぞ」と木原秀成先生は口癖のようの言われます。